文学の旅に行きませんか

空想のかぎりない旅をオーディオブックから

こちらから

無気力は悪か?無気力という方法について

この記事は約2分で読めます。

 

無気力は、自己防衛の失錯によって外的事物が浸入し、自分の感覚を惑溺せられることから起こる症状である。自然本来の自分の感覚というのは独立不遜であり、他者との協調を目指すことはない。けれども社会でよく生きるためには、その感覚を欺き、他者との協調を目指さねばならない。

人間は模倣によって生きるすべを身につけるといわれる、けれども、これはとんでもない誤解である。なぜなら、コミュニケーションの目的はその主体が終始一貫して他者の同意を得ることにあり、それはすなわち他者をして自己の感覚を模倣せしめることにあるからである。これは人間以外の動物が生まれたばかりの子にも容赦がないのを見ると察することができる。だから無気力の原因は自己防衛の失錯によって起こるということができよう。

無気力はまた外部に向けられた偽りの気力が内部に収縮される過程であり、その過程の結末に自然本来の自己を発見することがあるものである。それはしたがって、それぞれの者に内在する、生の身体機能の正常化であり、自然の方法である。

無気力は、つまり気力が内部に収縮される過程は、破滅への過程かもしれず、その過程をゆく無気力者にとっては、破滅への恐怖が感ぜられるのか、再び外部に偽りの気力を向かわせることになる。これにしたがうと自然本来の自己を発見することはなく、外部と内部との間で気力が徒に往来することになる。

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました